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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)949号 判決 1983年1月31日

控訴人

菅谷治平

右訴訟代理人

貝塚次郎

鈴木醇一

被控訴人

菅谷実

右訴訟代理人

奥野善彦

下河邊和彦

金子喜久男

高中正彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件土地は、訴外亡菅谷毅(以下「亡毅」という)が死亡当時所有していたもので、亡毅の遺産に属すること、亡毅の相続人として、亡毅の妻である訴外菅谷ひさ、いずれも亡毅の養子である被控訴人、菅谷サク子及び同茂、亡毅の子である控訴人があること、本件土地を含む亡毅の遺産については、宇都宮家庭裁判所栃木支部に遺産分割審判申立事件が現に係属中であり、未だ遺産分割がなされていないこと、被控訴人が、昭和五四年四月一〇日ころ、本件土地上に原判決添付第一物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という)を建築したこと、本件土地の形状がおおむね別紙図面のとおりであることの各事実は当事者間に争いがない。

二控訴人は、被控訴人が本件土地上に本件建物を建ててこれを所有することにより本件土地を排他的に占有し、控訴人の本件土地に対する持分権を侵害しているので、持分権に基づいてその排除を求めるため、本件建物の収去を求める旨主張するので、以下右主張の当否について検討する。

共有者は、各自が共有物全部について、その持分に応じて使用収益をすることができるが、他の共有者の持分権も、持分の割合にかかわらず共有物の全部に及んでいる結果、共有物の一部であつても、これを一部の共有者が独占的に占有し、使用することは、それが共有物の使用、収益の方法として共有者間の協議によつて定められたものである場合を除き、他の共有者の持分権に基づく共有物の使用を妨げることになるため、許されないものと解せられる。

これを本件についてみるに、被控訴人が本件土地上に本件建物を建築して所有していることは前記争いのない事実のとおりであり、その結果被控訴人は本件土地のうち本件建物の敷地部分(以下「本件敷地部分」という。)を独占して占有し、排他的に使用しているものということができる。

被控訴人は、共有物の使用、収益に関する事項は、共有物の管理に関する事項として、共有者の持分の過半数によつて決せられるべきところ、被控訴人は、控訴人を除く他のすべての共有者(共有持分の合計は六分の四)の同意を得て本件建物を建てたのであるから本件敷地部分を使用し得るのであり、仮に控訴人を加えて協議する必要があるとしても、控訴人と被控訴人との間においては、昭和三九年以来亡毅の遺産について争いが続いており、その間の控訴人の被控訴人に対する言動に照らし本件土地の使用について、被控訴人が控訴人と協議することは不可能な状態にあつたところ、このような事情にあるときは、控訴人との間で協議を要しない特別の事情があつたというべきである旨主張するが、被控訴人の本件敷地部分の使用が、控訴人の本件敷地部分に対する使用に関して、その持分権の行使を全く排除する結果になる以上、主張の事情があつたことをもつて、控訴人を除いた他の共有者の同意のみをもつて、適法な協議を経たものということはできないし、他に本件敷地部分について、被控訴人が他の共有者を排除して独占的に占有し、使用収益し得る権限を基礎づけるに足りる協議が共有者間に成立した旨の主張、立証はない。

しかしながら、控訴人についても、本件敷地部分について、控訴人が被控訴人を排除してこれを使用し得ることを内容とする共有者間の協議が成立した事実については何ら主張、立証がなく、その他本件に現れた全証拠によつても本件敷地部分の使用収益方法に関し共有者の協議により何らかの定めがなされている事実を認めることはできない。

そこで、本件のように、共有物の使用、収益に関しその定めがないうちに一部の共有者が共有物を占有して使用、収益を開始した場合に、他の共有者が共有持分権に基づく妨害排除請求として右行為の差止めを求めることができるか否かについて考える。他の共有者との協議に基づかない一部の共有者による独占的な共有物の使用、収益が違法であることは前述のとおりであるが、右共有物の使用、収益権を奪われた他の共有者は、自己も共有物の全部を使用、収益することができるわけではなく、その持分の限度でそれが許されるにすぎない反面、独占的に使用、収益をしている一部の共有者は、その持分の限度内においては共有物を適法に使用、収益することができる関係上、同人が独占的にしている使用、収益の全部を違法ということはできず、違法とされるのは右の行為のうち同人の持分の限度を超える部分であるが、右部分は一個の不可分的な独占的使用収益行為のうちの観念的な一部であつて、これを具体的に特定識別することは不可能である。以上に述べたところから考えると、一部の共有者が共有物をほしいままに単独で使用、収益しているときでも、他の共有者は当然には共有物の全部の引渡を求めたり、又は右独占的使用収益行為の差止めを請求することはできないものと解するのが相当であり、この場合、共有物の使用、収益についての協議が成立するか、又は共有物の分割が行われるまでは、使用、収益権を奪われた他の共有者は、不法行為又は不当利得を理由とする金銭賠償によつて救済を求めるほかはないものと考えられる。

したがつて、控訴人が被控訴人に対し本件建物の収去請求権を有するものとは解し難い。

控訴人は、相続人のうちの一人が、ほしいままに相続財産の一部を占有している場合に、これを既成の事実として容認するような遺産分割の審判がなされる結果を生ずることは到底是認し難いところであるから、これを避けるため、予め本件建物の収去を求める必要がある旨主張するが、被控訴人が、適法な共有者間の協議を経たうえで本件敷地部分を占有しているものでないことは前叙のとおりであり、その使用は、持分権に基づき、共有関係が存続する限りのものであるから、被控訴人は遺産分割においてその使用権の存続又は使用権に対する補償を主張することはできないし、家庭裁判所も遺産分割の審判をするに当たり本件敷地部分を現在被控訴人が占有しているという事実状態を被控訴人の利益のために考慮しなければならないものではない。したがつて、遺産分割に先立つて予め本件建物の収去を求めるのでなければ、控訴人の持分権の行使が侵害されるということはできない。

三以上のとおりであるから、控訴人の本件請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、民事訴訟法三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法八五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(近藤浩武 川上正俊 渡邉等)

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